東京高等裁判所 昭和42年(ネ)353号・昭42年(ネ)326号 判決
第一審被告会社はさらに、同会社と第一審被告谷夫妻との間に昭和三七年五月一日前と同じ内容による賃貸借契約が締結されたと抗争する。
前示乙第一号証および原審ならびに当審(第一回)における第一審被告谷正武本人尋問の結果によると、本件建物の所有者たる第一審被告谷夫妻を貸主とし、第一審被告会社を借主として、昭和三七年五月一日、右建物のうち(二)の部分につき、賃料は固定資産税、都市計画税相当額と地代を加えたものとし、これを毎月二八日限りその月分を持参支払う旨の賃貸借契約を締結し、第一審被告会社代表取締役谷正武が第一審被告谷夫妻に対し右五月一日付けの建物賃貸借契約証書なる書面を作成して差し入れたことが認められる。
これに対し、第一審原告は、右賃貸借契約は商法第二六五条に違反しているため無効であると主張するので審案する。右認定の事実および前示甲第二六、第二七号証によると、前示賃貸借契約締結当時、賃貸人の一人たる第一審被告谷正武が第一審被告会社の取締役であり、しかも唯一人の代表取締役であつたものであることが認められるところ、右のごとく第一審被告会社の取締役の地位にある第一審被告谷正武が貸主となり、第一審被告会社が借主となつて建物の賃貸借契約を締結することは、商法第二六五条に定める「取締役ガ自己ノ為ニ会社ト取引ヲ為ス」場合に該当するから、取締役会の承認を受けることを要するものというべきである。この点につき、第一審被告会社は右賃貸借契約は第一審被告会社の経営上絶対に必要とする営業所として本件建物を従前どおり継続して使用するためのものであり、しかも賃料は従前どおり本件建物の固定資産税、都市計画税および敷地の地代合計相当額であつて、これにより第一審被告谷正武がとくに利得するものでもなく、同被告と第一審被告会社との間に利害の衝突を生ずることもないから、右契約の締結には取締役会の承認を得る必要はないと論ずるところ、右のうち本件建物の賃料が従前と同様であるとの点が是認しがたいことは前示のとおりであるが、仮にその余の事実が認められるとしても、前記のごとき賃貸借契約の締結に際しては一般に賃貸借当事者間に利害対立が生ずるのであるから、その結果のいかんにかかわらず、取締役会の承認を受けるべきことが必要であり、所論は採用の限りでない。
そこで進んで、前記賃貸借につき第一審被告会社の取締役会の承認がなされたか否かを判断する。前示乙第二号証によると、右賃貸借契約に先立つ昭和三七年四月二八日午後一時ないし同二時までの間、第一審被告会社本店事務所において取締役会が開催され、右同日現在の取締役谷正武、谷喜美、滝田国親、戸田進、加次井商太郎の五名のうち、谷正武、谷喜美および滝田国親の三名が出席し、取締役たる第一審被告谷正武および第一審被告谷利子を貸主とし、第一審被告会社を借主とし、右当事者間に本件建物のうち(二)の部分につき賃貸借契約を締結するとの議案を承認議決した旨の記載のある取締役会議事録が作成されていることが認められ、また原審および当審(第一回)における第一審被告谷正武本人尋問の各結果のなかに右乙第二号証の記載内容にそう供述部分がある。しかしながら、前示甲第二六、第二七号証によると、前記取締役会に出席した取締役三名のうち谷喜美および滝田国親の両名が第一審被告会社の取締役に就任したのは昭和三七年四月三〇日のことであり(右両名が取締役に選任された株主総会が存在したか否かについても多大の疑問があるが、ここでは暫くこれを措く)、右取締役会の開催当日には未だ取締役の地位になかつたことが認められ、また当審における第一審原告本人尋問の結果および原審ならびに当審(第一回)における第一審被告谷正武各本人尋問の結果によると、前記取締役会を開催するにあたり当時取締役の地位にあつた第一審原告にその招集通知をしなかつたことが認められ、以上の各事実に前示のとおり第一審被告会社が谷一族の個人企業的会社であること、その他本件における弁論の全趣旨を総合すると、本件賃貸借契約を承認議決したという昭和三七年四月二八日午後一時ないし二時の取締役会なるものは、事実上存在せず、前示乙第二号証は後日におよんで第一審被告谷正武ら関係者自身の発意もしくは何者かの示唆により、あたかも右記載にそうごとき取締役会が開かれたかのように偽装するため作成されたものにほかならず、また右記載にそう前示第一審被告谷正武の供述部分は信を措くに足らず、他に前示取締役会の承認があったことを肯認しうる証拠はない。
してみると、前記賃貸借契約の締結については第一審被告会社の取締役会の承認がなされていないため、右契約は無効であり、該契約が有効に成立していることを前提とする第一審被告会社の前示抗弁もまた失当たるを免がれない。
(多田 上野正 岡垣)